直木賞候補だった「李朝残影」

著者梶山季之の「別冊新潮 梶山季之の世界 追悼特集号」(1975年版)をまた改めて手にした。1975年(昭和50年)の5月16日は梶山季之のお通夜が、17日には葬儀が営まれていたことに目が止まった。そうだったのかと感慨に耽っている。「李朝残影」と「族譜」は何度読んだことか。筆者にとっては少し詳細なあらすじをスラスラと言える作品なのだから。しかしあれほど多作の作家が直木賞の候補にあがりながらも受賞しなかったことをどう思っていたのかなあ、聞いてみたかったなあと思う。本心は梶山季之が受賞したかったのは直木賞ではなく、芥川賞だったのでは? といつも思っていた。しかもそれは「李朝残影」や「族譜」ではなく別の作品での受賞であれば本望、そのための作品を書いてやろうと考えていたのではないだろうか。「性欲のある風景」を読むとそう思える。青春時代(旧制京城中学時代)を書いたこの作品こそ梶山季之の手になる最高の青春文学、若くしてすでに作家になることを思い描いていた彼の文学というに相応しい作品ではないかと思う。没後47年を経た2022年(令和4年)の5月16日にあたっての筆者の呟きである。美那江令夫人はお元気なのだろうか。愛娘の美季さんは没後半世紀に近い令和の時代をどんな思いで偲ばれているのだろうか。筆者は小説家は誰が好きかと訊かれれば、必ず梶山季之と答えることにしている。ただ読んだ梶山季之の作品は朝鮮物しか知らない。(洋一)

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