三島由紀夫作「憂国」のこと

今日2月26日の東京は、雲一つない、という紋切り型通りの快晴である。2月26日といっても近年は夜来、払暁からの雪だった昭和11年(1936)の二・二六事件を思い浮かべる人も稀になったのではないだろうか。86年も昔のことである。昭和5、6年(1930年代)あたりから国家改造、革新を主張する流れが右派ナショナリズムを標榜する民間人や軍の若手青年将校が、明治維新になぞらえて「昭和維新」の名のもとに天皇親政を唱え、右傾化していく時代相から起きたクーデターである。ただそれは天皇の逆鱗に触れ、決起部隊は逆賊とされてしまった軍事革命的な内乱事件でもある。現代アフガニスタンのタリバン原理主義政権をも連想してしまうものだ。

筆者にとって二・二六事件といえば即座に三島由紀夫の小説「憂国」に結びつく。三島由紀夫本人が演出、主役の映画にもなっているものだ。実在の人物をモデルにしたフィクションであるが、二・二六事件とは何であったのかという事の根源的な本質を短い物語の中でみごとに言い切った傑作である。「憂国」が執筆された時代の日本は、政治や教育など戦前のなにもかもが否定された左翼運動全盛の時代である。天皇の人間宣言なんて、三島由紀夫にとってはどうにも納得のいかない国に警報を鳴らさないではいられなかった思いが「憂国」執筆の理由であったと思う。どこで読んだのかは忘れてしまったが、たしか三島由紀夫本人が言っていることだが「『憂国』は小説家三島由紀夫のいいところと悪いところがすべて凝縮された小説である」と。

小説家は誰が好きかと訊かれることがあれば筆者は「三島由紀夫です、三島由紀夫の「憂国」と「“春の雪”から始まる、“豊穣の海4部作”です」と答えることにしている。三島由紀夫の文体の古典的美しさと鋭利な切れ味の文章は、真似どころか近寄りがたいものだ。難しく濃密な表現には、そのずば抜けた才能にひれ伏すしかないものがある。二・二六事件のことが話題になったり、いろいろな本の中などで事件のことに遭遇すると、意識することなく自然に小説「憂国」を手にして、何度この逸品を読んだことか、である。(洋一)

“三島由紀夫作「憂国」のこと” への1件の返信

  1. 三島の死 割腹 で維新から育まれてきた『日本人のこころ』も死んで
    しまったのでしょうか?
    学生時代で途切れ、社会に出て、工事会社を初めてから、息子に会社を譲るまでの50年間、ただがむしゃらに、死にもの狂いで、生き抜くために仕事をやり続けて来ただけ!
     今また学生時代に、ずっと心に在った、「自分とは?日本人とは?」を
    考えてみようと思っています。仕事辞めての2年半のブランクは、文章を
    読む感性を著しく減らしたようです。苦労しています。
    それにしても、『京都・・・』を読むと、流石に君の文章力に感服させられ
    ます。流石ですね!
     

    いいね: 1人

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