孫娘の絵と韓国の不買運動

小学2年生、筆者の孫娘が描いた絵である。身内を()めるのは、いささか気がひけるが、発想が素晴(すば)らしく賛嘆に(あたい)すると身贔屓(みびいき)に思っている。

父親と娘の会話です

「絵描いた」 
「なんの絵これ?」 
「何描いたと思う?」 
「夕暮れの校舎かな?」
「ブブー、歯ブラシでした」

発想が素晴らしいと思うのは、歯ブラシを絵の対象にしようなんて大人は考えないうえに、用紙の上辺を利用して描くという奇抜な構図にある。なるほど!と感心しているときに、定年退職している従妹からメールをもらった。

農業とまではいかないが、何種類もの野菜を作ることに夢中になっているという。九州の田舎なので畑はいくらでもあるのだろう。大根、かぶ、人参、白菜、ブロッコリー、キャベツ、ほうれん草、小松菜とある。収穫が終わったものが、さつまいもに里芋。

「東京、横浜は野菜も高いから送ってくれ」と返事を書くと、「虫食いも多くて人にあげられるものには程遠いけど、農薬なしで作った新鮮さが取り柄です」と言ってきた。孫娘の絵に何かを喚起されていたこともあって、視点を変えれば別の見方もできるのではないかと思った。

虫食いが多いというのは、自然の摂理にかなっていて、虫は人間が施す農薬などを分別している、それだけ自然のままの良さを愚かな人間に教えていることに他ならないということだと改めて感じ入った。

無農薬、自然農法といえばすでに亡くなられてはいるが梁瀬義亮先生を思わざるをえない。無農薬、自然農法、有機農法に生涯を捧げられた医者であり、また敬虔な仏教徒であられた方である。また梁瀬先生のもとで農業に全霊を打ち込んだ筆者の友人夫婦のことがすぐに思い浮かぶ。ネット上で梁瀬義亮先生や先生が始められた農作物生産、販売をされている「慈光会」を検索していただければと思う。

絵や野菜に限らない。一面だけにしか目がいかないのでは、隠れた他面を見逃してしまうことになる。

韓国の日本製品不買運動が始まったのは2年以上前から、半導体製造に不可欠の核心素材の輸出管理強化措置に端を発した大々的な反日運動が起きた。ユニクロ製品や日本製ビールが槍玉にあがったと報じられてきた。

感情的、直情的な、いかにも韓国らしい反応であるが、この不買運動により輸出管理強化された半導体素材が韓国の半導体製造業にとっていかに重要なものであるか、あぶり絵のように浮き彫りにされた。運動を始めた人たちは、そのことに気付かなかったのだろうか。さらに日本から韓国への輸出の減少による韓国製造業への影響などのブーメラン現象も考えられる。日本への経済的影響よりも韓国経済への影響のほうが大きいのではないか。

孫娘の絵でいえば父親との視点の違いである。こんなことはわかっていたはずで、日韓双方にとって何の利にもならないと思うが、どんなものだろうか。もうこんな不毛な報復合戦のようないがみ合いは、いい加減に()めにしたらどうかと思う。孫の絵を韓国の人たちに見せて感想を聞いてみたくなる。

貿易についていえば、韓国はTPP(環太平洋パートナーシップ協定)加盟を検討しているという。TPPが何であるかは門外漢の筆者にはわからないが、基本は貿易関税をなくし、相互国間の利害得失だけにとらわれない自由貿易協定だ。孫娘の絵の、暮れなずむ校舎と歯ブラシの両方が対等にある、そんな協定にしようというのがTPPなのではないのか。

韓国の加盟申請を承認するかしないかで日韓間にまたひと悶着あることだろう。どこまで行っても日韓間は平行線、貿易であれ政治であれ、なにもかにもが日韓関係は歴史問題なのである。(洋一)

              

“孫娘の絵と韓国の不買運動” への5件の返信

  1. 「不毛な報復合戦のような啀(いが)み合いはいい加減に止(や)め」ようとしながら「どこまで行っても日韓間は平行線、貿易であれ政治であれ、なにもかにもが日韓関係は歴史問題」だとする筆者は日韓関係をどうしろというのだろうか。

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  2. 読者のコメントに返信すべきですね。報復合戦は止めにして欲しいというのは、その通りです。日本の輸出管理強化に対しての不買運動が韓国政府主導の報復であることは明らか。それに対して日本が報復することは止めるべきというのが筆者の考えですが、両国が真に対等な関係を築いていくためには、日本は頑として輸出管理の強化を譲るべきではない。日本が求めたことを韓国が受け入れるまで日本は一徹でなくてはならないと考えています。それが真の国と国との付き合いというものでしょう。韓国の報復に対して報復で応えてはいけないと思っています。政府主導の反日は許すべきことではないと考えます。そこまでブログに書くべきでしたかね。

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  3. 「どこまで行っても日韓間は平行線、貿易であれ政治であれ、なにもかにもが日韓関係は歴史問題なのである」としたら、双方はどうすべきなのか。筆者は「歴史問題」に解(かい)はない、と言っているように思われます。僕は何らかの解があると考えようとしています。

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    1. 解があるかどうかは、たぶんに議論の余地ありですが、筆者の中では荒唐無稽に、極右と極左的な考えをする人たちには解があり、穏健な左派と穏健な右派の人たちは解が無い、もしくは解決には1000年を要する(朴槿恵の言)ですから解が有るも無いもどちらも正しいと思っています。筆者はどちらがいいと思っているかは、ここの場では言うつもりがありません。また羽當で美味しいコーヒーでも飲みながらでいかがですか。

      いいね: 1人

  4. 「解が有るも無いもどちらも正しい」なかなか味わい深い表現ですね。僕は比喩的にしか言えませんが、ユークリッド幾何学で考えたらそうでしょうね。非ユークリッド幾何学で考えないといけないのではないかなあ、と考えています。「ある直線 L とその直線の外にある点 p が与えられたとき、p を通り L に平行な直線は無限に存在する」という公理のような発想が求められると思うのです。抽象的な言いまわしで恐縮ながら、いまは明確なものが見えないのです。一面だけ捉えれば、日韓という二国間で考えていては解は見いだせない、ということは間違いない。とはいえ、多国間で捉えれば解決されるということでもない。むずかしい問題です。

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